井上智博(いのうえともひろ)

コバヤシ接骨院・鍼灸院 副院長

めまい・耳鳴り改善のスペシャリスト

お客様写真

1991年8月14日産まれ 京都府出身
資格
鍼灸師
登録販売者
スポーツリーダー

趣味
スキューバダイビング
フットサル
ラーメン巡り

大阪ハイテクノロジー専門学校 鍼灸スポーツ科を卒業後、ドラッグストア、鍼灸整骨院を経て、コバヤシ接骨院に入社

 

幼少期〜小学生

幼少時代の私は大のおじいちゃんっ子で、土日になれば毎週おじいちゃんの所に行って田んぼや畑の中を走り回っており、活発的な子どもでした。

一方で、二週間に一回は保育園の方からお迎え来て下さいと言われるぐらい、すぐ風邪を引いていたそうです。

活発な性格が高じてか、小学生になるとサッカーを始めました。

平日、土日ともにサッカー漬けの日々でしたが、大会優勝、MVPの称号を獲得するなど毎日が充実していて学生時代では一番楽しい時期だったように感じています。

中学生〜高校時代 

中学も引き続きサッカーをしていましたが、一年で三回も骨折、その他の怪我にも悩まされ、あまり満足いくようなプレーはできませんでした。

そんなこともあり、思うようなプレーが出来ないイラ立ちからサッカーが嫌いになった私は、高校ではサッカーを辞めてしまいます。

思えば、これが人生で初めての挫折だったかもしれません。

そうした流れから、フラフラと目的もなく日々を過ごしていた私は、友人の誘いで将棋をすることに決めました。

小学生のころから趣味で将棋をやっていたため、自覚はなかったのですが、かなり強かったみたいです。

専門学校時代〜現在 人生の転機

高校卒業後は、大学に行ってもやる事が見いだせないと考え、『それだったら手に職をつけよう!』と思い、鍼灸師の養成校に行くことにしました。

今思うとその頃の治療家になる動機は、現在と違って、鍼灸師としての熱い想いが無く、他の人に比べると少し不純だったかもしれません

そんな考えだったせいか、卒業後も鍼灸師としてではなく、ドラッグストアの店員として薬を販売する仕事をしていました。

そこでは、毎日、様々な症状で悩んでいる方の対応に追われ、その方に合った薬を提供していました。
薬を買って『ありがとう!』と言ってもらえることが嬉しくて『こんな自分でも人の役に立てている。』『人を救えるって素晴らしい!』と感じ、こうした日々に喜びを覚えていました。

そんな毎日を送っていましたが、徐々に自分の中である違和感を感じ始めます。

それは、同じお客さんが、何度も何度も、同じ薬を買っていく光景や「腰、肩、膝が痛いからいい薬ない?頭痛が良くならない。これ飲んだけど効かない。」などと言われる光景を目の当たりにしてきたことです。

お客さんは薬を飲むと、よくなると信じています。私も初めはそう思っていました。

しかし、来る日も来る日も、同じ薬を買いに来る人を見て『これは違うんじゃないか?』と思い始めました。

こうした思いから、私はお客さんに薬を薦めるのが辛くなってきました。

薬を飲んだ時は、一見、悩みが改善したように見える。

でも、根本では何も改善していない!

身体を直すの薬ではないんじゃないか?

と、感じた私は色々と考えた結果、やはりこうした人達を救えるのは、薬に頼らず、体質を変えていく治療しか無いのでは?と考え、改めて施術家への道を志す決意を固めました。

ドラッグストア退職後

ラッグストア退職後は、他の鍼灸整骨院に勤めましたが、自分が望むような根本的に体質を変えていく施術を取り入れておらず、毎日がマッサージばかり・・・結果、すぐに辞めてしまいました。

根本改善を軸にしている整体院はないかと探していたところ、コバヤシ接骨院を発見!

HPに書かれている、代表の熱い想いに共感し「ここだ!」と入社を決意しました。

入社が決まった!…しかし、辛い修業の日々

晴れて入社が決まり、心機一転頑張ろう!と気持ちは意気込んでいたものの、ここでの研修は毎日が厳しいものでした。

心が折れたり、やめようと思ったことも何度もありました。

『自分には向いていないのではないか?』と逃げ出したくなる気持ちもありました。

ただ「今逃げ出すと一生逃げ出す人生になってしまう!自分の決めたことはすぐ諦めてはだめだ!」という思いで、がむしゃらに頑張りました。

その結果、今では沢山の方が、電車で一時間以上乗り継いででも私の施術を受けに来てくれるほどの施術家になることができました。

そして現在 薬で救えなかった人達を救うというミッションを胸に・・・

現在はドラッグストア時代には救えなかった症状の方にも、適切な施術を行なうことができ、自分のやりたかった根本を改善していくことで患者さんを助けることができています。

諦らめずに、自分の理想を貫く努力をおこたらずにいて本当に良かったと思います。

 「どこへ行っても治らなかった人、薬で良くならなかった人のために根本改善で沢山の人を救っていく!』

こうした想いを元に、私は今後も技術を磨き続け頑張り続けます!